「ネコと自転車と彼女の話」

　　　　　　　彼女の話のほとんどは作り話だ。
　　　　　　　これがわたしを含めておおかたの統一的な見解。
　　　　　　　別に彼女は仕事もまずまずこなしているし
　　　　　　　生意気とかすましてるとか風評のそれはそれ
　　　　　　　小さな軋轢は日々の暮らしにはつきもの　でも
　　　　　　　ただ１点誰もがそろって首を傾げるのは
　　　　　　　彼女の付き合っている彼のことに話が及んだ時だ。

　　　　　　　彼女によるともう８年も付き合っている彼氏
　　　　　　　近年稀に見る相思相愛で
　　　　　　　ほぼ毎日の逢瀬にも未だ喧嘩知らず
　　　　　　　お互いの自由のため一緒に暮らすのは見送って
　　　　　　　半同居的生活を続けているらしい。

　　　　　　　ただ誰もその彼氏の姿を見たことがない。

　　　　　　　先日彼女はネコを飼うことにしたらしい
　　　　　　　友人はテーブルの向こうでスプモーニかき混ぜて
　　　　　　　「ねえそれで彼女どうしたと思う？」
　　　　　　　「あたしが教えた店にネコ買いに行ったんだよ」
　　　　　　　「自転車で」

　　　　　　　…ん？
　　　　　　　わたしは一瞬事情がつかめない。
　　　　　　　情報通の友人の話はこうだ。
　　　　　　　どうも彼女はペットショップにネコを買いに行ったらしい。
　　　　　　　それは駐車場完備の郊外型ペットショップ。
　　　　　　　どうやらそこに自転車で行ったらしいのだ
　　　　　　　そして自転車の荷台にネコをカゴごとくくりつけ
　　　　　　　えっちらおっちら戻ってきたらしい
　　　　　　　その話を友人によどみなく披露したらしいのだ。

　　　　　　　それって絶対不自然だよ。
　　　　　　　友人は力説する。
　　　　　　　いつもドライブの話とかするじゃん
　　　　　　　彼氏に頼むよ絶対、そんなに毎日逢っててさ、
　　　　　　　なんで往復１時間かけて自転車なわけ？

　　　　　　　それからわたしと友人は
　　　　　　　彼女の数々の挙動不審をいちいち洗い出す作業に取りかかるのだが
　　　　　　　ふとわたしは
　　　　　　　彼女の暮らしを思う
　　　　　　　たぶん彼女には
　　　　　　　彼氏が見えるのだろう
　　　　　　　私たちには決して見えない

　　　　　　　いる、と言われればたぶんいるのだ
　　　　　　　私たちには見えないだけで
　　　　　　　見えないけれどそこにある
　　　　　　　見えないけれど彼女にはある
　　　　　　　それは

　　　　　　　愛とどこが違うの

6/30/00